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妻の喫煙
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そんな時、車の後ろのほうから子供の声が聞こえたような気がして、
ルームミラーでその声の主を探した。ミラーの端からその主は現れ
た、年のころは4才位だろうか、補助輪の付いた自転車を必死にこ
いでいた。 その子がミラーの反対側に消えるころ、その子の両親
らしき二人ずれが、満面の笑みを浮かべその子に視線を送っている
姿が、目に入って来た、次の瞬間私の目からは涙が溢れていた。
嗚咽することもなく、両頬に一本の線として流れているだけでした。


あたりは、日もかげり時間は6時をまわっていました、時間をつぶし
て夜遅い時間に家に帰る気にもなれず、ミラーで身支度を確認し家
へ帰りました。


玄関を開けると、何時もより早い私の帰宅に気づいたのは儀母でした。


「パパお帰りなさい、早かったんですね。」
「仕事の切も良かったので、早めに帰らせて貰いました。」
「麻美(妻)はお風呂ですか?」
「それがまだなのよ、日曜で帰りの道路が込んでいるらしくて、電話がありました。」


それを聞いた私は、初めて計り知れない怒りを覚えました。私の中
では、今日の妻は日帰りの添乗の仕事ではないという前提の基に、
遅れる理由を想像するのは容易い事でした。


「そうですか、お風呂先にいただきます。」
「パパご飯は?」
「済ませましたから。」


そういい残して、リビングにも寄らず脱衣所へ向かいました。
風呂場からは、子供たちのはしゃぐ声が聞こえます、服を急いで脱
いだ私は、勤めて明るい笑顔を作り浴室のドアを開けました。


「パパだ!」


子供たちは、不意の訪問者を諸手を上げて歓迎してくれました。
思えば、子供たちと風呂に入ることなど暫く無かった様な気がしました。
湯船に浸かった私の膝に子供たちが争うように腰掛けます、その時
私は昼間の涙の意味を知りました。 また涙が溢れ出て来ましたが、
今度は嗚咽を伴い抑えることが出来ません。 それを見た長女か私
を気遣い、一生懸命話しかけて来ます。


「パパ、私ね、今日ね、パパよりもっと悲しいことがあった
よ・・・・・・パパ泣かないで。」


私の耳にはそれ以上のことは聞こえませんでした、ただ二人の子供
を強く抱きしめる事しか出来ませんでした。 風呂場には暫くの間、
嗚咽を堪える私の声、父親の悲しみを自分の悲しみのように泣きじゃ
くる幼い娘、それに釣られるように指を咥えながらすすり泣く幼す
ぎる息子の声が響き渡っていました。






子供達を寝かしつけて、寝室に入ったのは20時ごろだったでしょう。
妻はまだ帰って来ませんでした、多少冷静さを取り戻した私は、昼
間買ったガラムを1本取り出し火をつけました。机の上の灰皿を持
ちベッドに腰掛けて、タバコを深く吸うと最近吸いなれないその味
にむせ返りすぐに消してしまいました。


独特の香りが立ち込める部屋に一人でいた私は、部屋の中を物色
(ぶっしょく)し始めていました。何のためにそうするのか、何を
探すのか解らないままその行動は続けられた。
しかし何時妻が帰ってくるか解らない、作業は慎重に行われてゆき
ました。


階段の物音に聞き耳をたて、物の移動は最小限にし、クローセット
やベッドの飾り棚、考えられる場所全てに作業は行き渡った。だが、
1時間程の苦労も実らず、私の猜疑心を満足させるものは何も見つか
らなかった。心臓の高鳴りと、悶々とする気持ちを落ち着かせる為、
ベッドに横になって暫くすると、誰か階段を上がってくる足音がし
ました。多分妻であろうその音は、子供部屋の方へ進んでいった。


その時私は、先ほどの作業の形跡が残っていないか、部屋を見回し
ていた、変化が有るとすれば灰皿の位置がベッドの上の20センチ
ほどの出窓の上に変わっている位だった。程なくして、子供部屋の
ドアの閉まる音がし、寝室のドアが静かに開いた。私の存在に気づ
いた妻は、目線を下に下ろしたまま後ろでに持ったドアノブを静かに引いた。


「珍しいね、早かったんだ。」


「あぁ、たまたま仕事が速く終わったから、遅かったな、義母さん
に聞いたけど、道路込んでたんだって、それにしても随分掛かったな!」



よく見ると、妻はアルコールが入っているのか、頬が少し赤らんで
いるように見えた。クローゼットを開け着替えを始めた妻は、後ろ
向きのまま聞いてもいない、一日の行動を説明し始めた。妻が説明
し始めてすぐに、私の心の何処か片隅に有った小さな希望がもろく
も崩れ去った。


「一日中バスに揺られて疲れちゃった。」
「バスで行ったのか?」
「そう、お客さんの会社の送迎バスで、事務所に迎えに来てもらってね!」


顔が青ざめていくのが自分で解りました。それでも妻は、クローゼッ
トの方を向いたまま、子供をだますような口調で話を続けます。


「旅なれた人たちだから、下見というより、飲み会みたいなものね。
一応、予定の場所は見たんだけど、帰りのドライブインで、宴会に
なっちゃって、出るのが遅くなったら、渋滞に巻き込まれちゃっ
て。」


何も知らない、以前の私ならば、大変だったなご苦労様の一言ぐら
い言っていたのでしょうが。


「それでお前も飲んできたのか?、顔が赤いぞ、酒が強いお前が顔
に出るんだから、随分飲んだんだな?」


「お得意さんだもの、進められれば多少飲むわよ!」


「コンパニオンじゃあるまいし、顔に出るくらい飲まなくても。」


言葉の端々に棘のある口調になり、エスカレートする自分を抑えき
れなくなり始めていました。その時パジャマに着替えた妻が、こち
らを振り向き、謝罪した。


「ごめんなさい、これから気を付ける。」


そう言われると、次の言葉を飲み込むしかありません。鏡台に座り、
化粧を落とした妻はベッドに入ってきた、その時、窓に置いたタバ
コに気づき、


「また戻したの、タバコ?」
「なんとなく、吸いたくなって。」


「ごめんなさい、今日は疲れたからお先するね。」
「風呂は入らないのか?」


「明日シャワー浴びる、お休み。」


アルコールの勢いも手伝ってか、妻はすぐに寝息を立てて眠ってし
まった。寝息を立てる妻に体を寄せみると、自分もさっきガラムを
吸った為か、識別はしにくいがタバコのにおいと、微かでは有るが
石鹸の匂いがした。一日バスで揺られて働いて来た人間が、昨日の
夜の石鹸の匂いを維持できるはずも無く、風呂に入らずにすむ理由
は、私にとって想像する必要も無かった。





ここまで来ると、私の妻に対する疑いは、かなりの確立で的中して
いるのは、疑う余地も無い。でも私は、日ごろ見たことも無い妻の
バックを除き見たい感情に掻き立てられた。


妻の眠りの深いことを確認すると、クローゼットを静かに開け、妻
がさっき持ち帰りクローゼットの隅に無造作に置いてある手提げの
バックを持って、子供部屋へ向かった。長女の机の電気をつけてバッ
クの中身を見てみた。 多少の罪悪感は有ったが、それ以上に私は、
さっき寝室で探しきれなかったものが、このバックの中に有る、あっ
て欲しいと願う気持ちが強かったように思う。


中身を見ていくと、財布、定期入れ、アドレス帳、ハンカチ等、在り
来たりのものが目に入った。取りあえず財布の中身は領収書やキャッ
シュカード,現金と特に気になるものは無い。次にアドレス帳、あ
行から順に追っていっても、私の知っている知人親戚等これと言っ
て怪しいものは無い。バックの中身を一度全部出してみると、手前
の部分にファスナーで仕切られた部分があるのに気づき、ファスナー
を開け中を見た瞬間、目的は達せられました。


中身は、タバコ(もちろんガラム)に女性用の高級そうなライター
そして、ポケットベル。今でこそ、携帯電話が当たり前ですが、当
時はまだ携帯電話は一般的ではありませんでした。目的を果たした
私は、元通りにバックを帰し、ベッドに入りこれからの事を考え始
めました。不思議なものです、自分の考えが裏付けされた今、怒り
は頂点に達している筈なのに、妻に対する復讐より先に、我が家の
今後のを考える自分がいるのです。


その時、私は思いました。世の奥さんは亭主の不貞が発覚したとき、
私のように子供のことや家の事を複雑な思い出、考えあぐねるのだ
ろうと。妻は相変わらず、隣で寝息とも鼾ともつかい音を立てて寝
ていました。その時私は、妻の髪の毛を掴み揺り起こし、その顔に
平手を食らわしてやりたい気持でしたが、奥歯が痛くなるほど悔し
さをかみ締めてこらえていました。





悔しさでほとんど眠れなかった私は、朝食もとる事が出来ませんでした。
それにしても、妻の行動は余りにも不用意で、もう少し用意周到さ
があっても良いのではと思う気持ちも有りました。


何故なら、私は先日妻の同僚の佐藤さんと二人きりで飲んでおり、
それは彼女と妻の関係から、妻に伝わっている筈。その時の内容を
聞けば、自分の秘密の一部が私に解ったしまったということで、他
の秘密を守るために何らかの動きがあって然るべき。





私はその日、妻の会社の前で佐藤さんを待ちました。夕方5時半過
ぎ、妻が会社を出ました、それから待つこと1時間、佐藤さんが出で
来ました。何気ない振りをして、私は彼女に近づき声を掛けました。


「佐藤さん。」
「びっくりした!、どうしたんですか?」


「これから帰るの?」
「そう、○○さんは?」
「実は佐藤さんを待ってたんだ。」
「私?」


「ちょっと聞きたいことが有って、都合悪いかな?」
「別にかまわないけど、何か怖いな。」


歩きながら、彼女は何の話か有るのか必要に聞いてきましたが、私
は、話をはぐらかして先日の蔵に向かいました。店の入り口に近いい
て中を見たとき、有ろうことか店の奥まった席に、妻が一人で座っ
ているではありませんか。私は振り向きざま、佐藤さんの肩に両手
を添えて、そのまま後ろ向きにさせると、店の中を見れないように
もと来た道に彼女を追い立てました。


「どう(どう)したんですかしたんですか?」
「満席。」
「へー、そうなんだ!」


予期せぬ遭遇とは言え、自分の不用意さを反省しながら別の店へと
足を運びました。そこの店は私が何度か足を運んだことのある店で、
私よりも若い人たち(20〜25才位)が集まる店でした。サーファー
が多くトロピカルな雰囲気の店。蔵とは違い、目抜き通りに近い店
にもかかわらず、彼女は抵抗無く付いてきました。


「ここで良かったかな?」
「私も来たこと有るから!、妹もよく来るし。」


「妹さんいたっけ?」
「ん、それより、話って何ですか、気になるんですけど?」


私は、先日二人で飲んだことを、妻に話したかどう(どう)かを単
刀直入に質問した。彼女から帰ってきた答えは、NOだった。


「だって、あの時、私もちょっと喋り過ぎたし、それに麻美さん焼餅
焼きだし、麻美さんにばれちゃいました?」


「そうじゃないんだけど、まだ隠れて吸ってるみたいだから。」


「そうなんだ、今日のことも内緒が良いかな?」
「特に問題は無いけど、言う必要も無いかな。」


佐藤さんとの二人の飲み会が、妻に伝わっていなければ、妻の行動
に変化が起こるわけも無い筈である。妻が焼餅焼きという言葉には、
いささか驚きました。何時の時点までなのか、いまだにそうなのか
は解りませんでしたが、少なくとも他の男と関係を持つまでの妻は、
同僚から見れば私に対して嫉妬深い女だったのでしょう。


カウンターを含め15席程度の店内は、既に2、3席を残し満員状
態、入店してから30分位取り留めの無い話をしていると、店のド
アが開き二十歳ぐらい女性が一人入ってきました。


「由香!」
「お姉ちゃん!」
「由香里さんじゃないですか。」
「知り合いですか?(佐藤さん)」
「仕事の関係で、ちょっと。」


その女性は、佐藤さんの妹でした。驚いたことに、その女性は私も
面識のある女性だったのです。小さな町ですが、偶然というものは
恐ろしい、と言うよりは個々の人の情報を知らな過ぎたのかもしれ
ません。彼女は同じ系列の販売店に勤める、いわば私の同業者でした。


その後もう一人女性が入って来ましたが、妹さんの連れでした。
二人は、ちょうど開いていた席に私たちを両脇から挟むように座ろ
うとしたため、私が席を移動しようとしたとき、彼女達に肩を抑え
られ、上げた腰を同じ席に沈めました。



>>次のページへ続く




 

 

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