20 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:47:45.61 ID:L9GcuA1Wi
僕以外いないのかな
22 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:51:21.73 ID:JUCPer2G0
>>20
なにいってるんだ俺がいるじゃないか
24 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:53:16.34 ID:L9GcuA1Wi
>>22
おおすまんw
何かこの話好きだわ
21 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:49:38.40 ID:+beSXCVE0
聞いてくださり、ありがとうございます。
それからの毎日は、本当に楽しいものだった。
毎週先生と会える日が待ち遠しくて、一週間があっという間に過
ぎていく。
複式呼吸の練習、高い声・低い声の出し方、細い声・太い声の出
し方…
まぁ本当にただのボイストレーニングなんだけど、それでも徐々
に自分の歌声が良くなって行くのが実感できて、更に楽しかった。
最初の動機こそ不純なものだったが、私は歌を歌うという事がど
んどん好きになって行き、また、先生への思いもどんどん大きく
なっていった。
恋をして少しは身なりを気にするようになり、クネクネだった髪
にはストレートパーマをかけた。眉毛も整えるようになり、身長
が少しだけ伸びたおかげか、体重も徐々に減っていった。
中一の冬休みが終わる頃には、自然と良く笑うようになり、友達
もできた。小学生時代には想像も出来ないくらい、私は明るい普
通の女の子になっていた。
このままずーっとこの日常が続いて欲しいな…
私は生まれて初めて、心穏やかな充実した学生生活を送っていた。
23 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:52:59.51 ID:+beSXCVE0
当たり前だけど、先生とは何も進展がなく過ぎていき、中学2年が
終わる春休みの少し前。
いつものように発声練習をして一息休憩を入れていた時、先生が
少し残念そうに、でもニコニコしながら呟いた。
「多分、今年は移動になると思います。」
穏やかに流れていた日常が、ピタっと止まる音がした。
「移動って…違う学校に行くって事ですよね?」
「そうですね、そういう事です。本当は公表があるまで言っちゃ
いけない決まりなんですが…」
「…どこに移動になるんですか?近くの学校?」
「いや、京都です。」
京都…学生の私には、あまりにも遠い距離だった。
「渚さんとはこう…少し特殊な形で関わってましたし、今後の予
定もあるでしょうから、先にお話しておいた方がいいと思いまし
て…」
「そう…ですか…」
「急な事でごめんなさい。でも折角練習を続けてきたし、これか
らは中学校の音楽の先生n…」
その後、先生は何か色々話していたけれど、私の耳にはまったく
入ってこなかった。先生が生活の一部になっていた私にとっては、
まさに沈んで行く船に乗っている気分。
先生が遠くに行ってしまう…
その事で頭が一杯になり、その日の残りのレッスンはずっと上の
空だった。
25 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:54:18.14 ID:L9GcuA1Wi
まさかの異動か(。-_-。)
27 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:55:51.55 ID:+beSXCVE0
最後になるレッスンの日。
今まで待ち遠しかった火曜日が、今までで一番来て欲しくない日
になっていた。
いつものように音楽室に入る。
先生は珍しく、まだ音楽室には来ていなかった。
ふと、ピアノの後ろにあるカラーボックスに違和感を感じて目を
やる。今まで先生の私物がぎっしりと詰まっていたカラーボック
スは、綺麗に片付けられていた。
あぁ、本当に居なくなっちゃうんだ…
そう実感した瞬間、涙が勝手に溢れて来た。
嗚咽するでもなく、ただただ涙だけがポロポロと溢れ出てくる。
泣いてる顔なんて見られたくない…早く泣き止まないと…
そう思えば思うほど、意志とは裏腹に涙が止まらなくなっていく。
なんとか泣き止む為に深呼吸を繰り返していると、音楽室のドア
が開く音がした。
「待たせてすみません、ちょっと忙しくて…」
泣いて真っ赤になった目が、先生の目と合う。
先生のビックリした顔を見て、私は何故か恥ずかしくなり下を向
いた。
先生はそっと扉を閉めると、いつものようにピアノの椅子に座る。
例え様の無い不思議な沈黙が、ただただ重苦しかった。
28 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:58:19.70 ID:+beSXCVE0
「…泣かないで。どうしたの?何があったの?」
先に喋ったのは先生だった。
どうしたの?とは酷い事を聞くものだ…先生は何も気がついてい
ないのだろうか?それとも気がついてないフリをしているのか…?
「……寂しいです…」
私は勇気を振り絞ってそう言った。
先生はまたまたビックリした顔をしたが、すぐにまたニコっと笑っ
て
「そうですね、僕も寂しいです。」
と、優しく言った。
「私は…」
「…?」
「私は、先生のお陰で変われました。先生のあの時の一言が、
私が大きく変われるきっかけになりました。先生に会えて良かっ
た。…だから…とても寂しいです…。」
昔の自分では考えられないくらい、自然にスラスラと言葉が出た。
そう言うと何だか心がふっと軽くなって、不思議と涙は止まった。
沈黙がしばらく続いた後、急に不安になって先生の顔をそっと見
てみる。また少し驚いた顔をしていた先生は、私と目が合うと、
今まで見たことの無い穏やかな表情でにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。そんな事を言ってもらえるなんて…教師になって
良かった。僕もそう思わせてもらいました。」
ドキッとした。
先生はいつもニコニコしていたけれど、こんな柔らかい笑顔を見
たのは初めてだった。なんだか本当の先生に突然会ったような気
分になって、耳がカーっと熱くなった。
「それだけ泣いちゃったら、もう練習は出来ないですね。今日は
お話をして過ごしましょうか。」
少しの間を置いてそう言った先生の顔は、またいつものニコニコ
顔に戻っていた。
29 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:00:34.04 ID:+beSXCVE0
最後のレッスンから数日後、先生が京都に出発する日。
私は先生の見送りをする為に、数人の友人達と一緒に空港へと来
ていた。相変わらず先生はニコニコしてて、友人達も久々に会う
堺先生と話を弾ませている。私もなんとなく会話に混ざりつつも、
若干上の空。先生の顔から目が放せず、とにかくボーっと先生だ
けを眺めていた。
「さて、そろそろ待合室に入らないと。今日はわざわざありがと
う。」
先生が皆にお別れの挨拶をし始める。
私は勇気を振り絞って、先生に一枚の紙を渡した。
「…?」
「私の住所です…。あの…よかったら…お手紙下さい。」
先生はニコっと笑って渡した紙をポケットにしまい、私の頭をポ
ンポンっと撫でると、そのまま待合室に消えていった。
あっという間に新年度が始まる。
私は相変わらずのうわの空で、何に対してもやる気が起きないで
いた。
でももう中学3年。
高校受験も控え、いつまでもボーっと過ごすわけにはいかない。
それでもやっぱり先生が居なくなった喪失感は大きく、気がつく
と先生の事ばかりを考えていた。
初めての恋をした私には、その感情の押し込め方なんてまったく
解らなかった
30 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:01:58.99 ID:L9GcuA1Wi
いい恋だにゃ
31 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:02:29.30 ID:+beSXCVE0
先生が居なくなっても、時間だけは淡々と過ぎてゆく。
夏休みになり、私はやっと失恋という言葉を噛み締めていた。
一生懸命考えた結果、あまりにも幼い恋に気がついたのだ。
先生はもう大人。
ましてや教師。
14.5の小娘が自分に恋愛感情を持っている事なんて、薄々感じて
はいただろう。
そして、解った上で私が傷つかないように、ずっと変わりなく接
していてくれたのだろう。小さな脳みそで考えた結果出てきた、
それが私の答え。
忘れなきゃいけないな…先生がずっと元気で幸せなら、私はそれ
でいい。
今思い出すと完全に自己満足でまだまだ幼い考えだが、私にはそ
れが精一杯だった。
夏休みも半分を過ぎた頃。
いつもの様に遅く起きた朝、猛暑にノックアウトされながら郵便
受けを見に行くと、新聞の間に一枚の葉書が入っていた。
宛名を見ると私の名前。
差出人は…堺先生だった。
32 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:04:12.82 ID:+beSXCVE0
ー 残暑見舞い申し上げます。
元気にしていますか?
歌う事はまだちゃんと続けているでしょうか?
こちらの暑さは厳しく、そちらで過ごした爽やかな夏の日々
が思い出されます。
8月の花火大会の辺りに、そちらに観光で伺う予定です。
それでは、夏に負けずに過ごしますように。 ー
心がまた先生で一杯になるには、あっという間だった。
手紙を読み終え地域の予定表を確認すると、花火大会はもう目前
だった。
だからといって、電話番号も知らない先生とは、会う約束も出来
ない。
それに今年は、同級生男女数名で見に行くことに決まっていた。
これじゃ、何だか生殺しだなぁ…
久々に感じた胸の痛みを懐かしく思いつつ、私はもう、少しは大
人になったのだと、そう自分に言い聞かせた。
花火大会当日。
初めて友達と見に行く花火大会。
一緒に行く予定の友人から浴衣を借りて着付けしてもらった私は、
どうせなら…と勧められるまま、お化粧道具も拝借した。
中高生向けの雑誌と睨めっこしながら初めて施した化粧姿は、今
思うと少しでも大人に近づきたかった気持ちの表れだったのかも
しれない。
もしかしたら…というほんの少しの下心を含みつつ、私は会場に
向かった。
が、結局ばったり先生に会える…なんてドラマチックな展開は無
く、友人達と楽しく過ごして花火大会は幕を下ろした。
33 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:06:32.20 ID:+beSXCVE0
夏休みがもう終わる頃、私はやっと先生に返事を書いた。
夏休みは楽しかったこと。
先生から手紙が来て嬉しかったこと。
歌は習いはしてないけれど、発声練習だけは欠かさずしているこ
と。
花火大会で会えなくて、残念だったこと。
便箋3枚たっぷりに色々書いて、季節ごと以外での返事が来るよう
にと、祈るように投函した。
私の踏ん切りをつけたはずの心は、やっぱりまた先生に戻ってし
まったのだった。
祈りが通じたのか、それからは二月に1回程度の頻度で文通が始まっ
た。他愛のない世間話ばかりだったが、たったそれだけでも繋が
りが持てている喜びで、私の心は十分満たされていた。
また幸せな日々が、少しだけ戻ってきていた。
35 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:07:02.77 ID:CV6y0B2ji
会えなかったのか
36 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:08:44.05 ID:+beSXCVE0
お褒めいただき、ありがとうございます。
心が平常を取り戻すと、成績は面白いほどグイグイと上っていっ
た。
このまま頑張って先生のそばに…とは思ったものの、当時母子家
庭だった我が家の家計的には苦しく、仕方なく奨学金を使って地
元の高校を受験した。
結果は余裕の合格。
私は晴れて高校生になった。
高校1年。16歳になった私は、すぐにバイトを始めた。
理由は、携帯電話を持つため。
同級生の間でも持ってない人は少数になっていたし、何より先生
との手紙以外の連絡ツールが欲しかったのだ。
近所に昔からある、そこそこ大きな喫茶店のウェイトレス。
自給こそ低めだったが、マスターがとても優しく大事にしてくれ
たので、バイト自体は楽しいものだった。
そして、みっちり働く事2ヶ月。
念願の携帯電話を手に入れた私は、先生への手紙にはメールアド
レスだけを添えた。番号まで書いてしまったら何か厚かましいと
思われるような気がして、子供心に遠慮をした結果だった。
住所を書いたメモを渡す時より緊張しながら、私はまた祈るよう
に手紙を出した。
数日後、緊張や不安とは裏腹に、先生からのメールがあっさりと
届いた。本文は先生の名前だけという恐ろしくシンプルな内容だっ
たが、それだけでも私は十分すぎるほど嬉しかった。
>>次のページへ続く
僕以外いないのかな
22 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:51:21.73 ID:JUCPer2G0
>>20
なにいってるんだ俺がいるじゃないか
24 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:53:16.34 ID:L9GcuA1Wi
>>22
おおすまんw
何かこの話好きだわ
21 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:49:38.40 ID:+beSXCVE0
聞いてくださり、ありがとうございます。
それからの毎日は、本当に楽しいものだった。
毎週先生と会える日が待ち遠しくて、一週間があっという間に過
ぎていく。
複式呼吸の練習、高い声・低い声の出し方、細い声・太い声の出
し方…
まぁ本当にただのボイストレーニングなんだけど、それでも徐々
に自分の歌声が良くなって行くのが実感できて、更に楽しかった。
最初の動機こそ不純なものだったが、私は歌を歌うという事がど
んどん好きになって行き、また、先生への思いもどんどん大きく
なっていった。
恋をして少しは身なりを気にするようになり、クネクネだった髪
にはストレートパーマをかけた。眉毛も整えるようになり、身長
が少しだけ伸びたおかげか、体重も徐々に減っていった。
中一の冬休みが終わる頃には、自然と良く笑うようになり、友達
もできた。小学生時代には想像も出来ないくらい、私は明るい普
通の女の子になっていた。
このままずーっとこの日常が続いて欲しいな…
私は生まれて初めて、心穏やかな充実した学生生活を送っていた。
23 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:52:59.51 ID:+beSXCVE0
当たり前だけど、先生とは何も進展がなく過ぎていき、中学2年が
終わる春休みの少し前。
いつものように発声練習をして一息休憩を入れていた時、先生が
少し残念そうに、でもニコニコしながら呟いた。
「多分、今年は移動になると思います。」
穏やかに流れていた日常が、ピタっと止まる音がした。
「移動って…違う学校に行くって事ですよね?」
「そうですね、そういう事です。本当は公表があるまで言っちゃ
いけない決まりなんですが…」
「…どこに移動になるんですか?近くの学校?」
「いや、京都です。」
京都…学生の私には、あまりにも遠い距離だった。
「渚さんとはこう…少し特殊な形で関わってましたし、今後の予
定もあるでしょうから、先にお話しておいた方がいいと思いまし
て…」
「そう…ですか…」
「急な事でごめんなさい。でも折角練習を続けてきたし、これか
らは中学校の音楽の先生n…」
その後、先生は何か色々話していたけれど、私の耳にはまったく
入ってこなかった。先生が生活の一部になっていた私にとっては、
まさに沈んで行く船に乗っている気分。
先生が遠くに行ってしまう…
その事で頭が一杯になり、その日の残りのレッスンはずっと上の
空だった。
25 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:54:18.14 ID:L9GcuA1Wi
まさかの異動か(。-_-。)
27 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:55:51.55 ID:+beSXCVE0
最後になるレッスンの日。
今まで待ち遠しかった火曜日が、今までで一番来て欲しくない日
になっていた。
いつものように音楽室に入る。
先生は珍しく、まだ音楽室には来ていなかった。
ふと、ピアノの後ろにあるカラーボックスに違和感を感じて目を
やる。今まで先生の私物がぎっしりと詰まっていたカラーボック
スは、綺麗に片付けられていた。
あぁ、本当に居なくなっちゃうんだ…
そう実感した瞬間、涙が勝手に溢れて来た。
嗚咽するでもなく、ただただ涙だけがポロポロと溢れ出てくる。
泣いてる顔なんて見られたくない…早く泣き止まないと…
そう思えば思うほど、意志とは裏腹に涙が止まらなくなっていく。
なんとか泣き止む為に深呼吸を繰り返していると、音楽室のドア
が開く音がした。
「待たせてすみません、ちょっと忙しくて…」
泣いて真っ赤になった目が、先生の目と合う。
先生のビックリした顔を見て、私は何故か恥ずかしくなり下を向
いた。
先生はそっと扉を閉めると、いつものようにピアノの椅子に座る。
例え様の無い不思議な沈黙が、ただただ重苦しかった。
28 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 14:58:19.70 ID:+beSXCVE0
「…泣かないで。どうしたの?何があったの?」
先に喋ったのは先生だった。
どうしたの?とは酷い事を聞くものだ…先生は何も気がついてい
ないのだろうか?それとも気がついてないフリをしているのか…?
「……寂しいです…」
私は勇気を振り絞ってそう言った。
先生はまたまたビックリした顔をしたが、すぐにまたニコっと笑っ
て
「そうですね、僕も寂しいです。」
と、優しく言った。
「私は…」
「…?」
「私は、先生のお陰で変われました。先生のあの時の一言が、
私が大きく変われるきっかけになりました。先生に会えて良かっ
た。…だから…とても寂しいです…。」
昔の自分では考えられないくらい、自然にスラスラと言葉が出た。
そう言うと何だか心がふっと軽くなって、不思議と涙は止まった。
沈黙がしばらく続いた後、急に不安になって先生の顔をそっと見
てみる。また少し驚いた顔をしていた先生は、私と目が合うと、
今まで見たことの無い穏やかな表情でにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。そんな事を言ってもらえるなんて…教師になって
良かった。僕もそう思わせてもらいました。」
ドキッとした。
先生はいつもニコニコしていたけれど、こんな柔らかい笑顔を見
たのは初めてだった。なんだか本当の先生に突然会ったような気
分になって、耳がカーっと熱くなった。
「それだけ泣いちゃったら、もう練習は出来ないですね。今日は
お話をして過ごしましょうか。」
少しの間を置いてそう言った先生の顔は、またいつものニコニコ
顔に戻っていた。
29 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:00:34.04 ID:+beSXCVE0
最後のレッスンから数日後、先生が京都に出発する日。
私は先生の見送りをする為に、数人の友人達と一緒に空港へと来
ていた。相変わらず先生はニコニコしてて、友人達も久々に会う
堺先生と話を弾ませている。私もなんとなく会話に混ざりつつも、
若干上の空。先生の顔から目が放せず、とにかくボーっと先生だ
けを眺めていた。
「さて、そろそろ待合室に入らないと。今日はわざわざありがと
う。」
先生が皆にお別れの挨拶をし始める。
私は勇気を振り絞って、先生に一枚の紙を渡した。
「…?」
「私の住所です…。あの…よかったら…お手紙下さい。」
先生はニコっと笑って渡した紙をポケットにしまい、私の頭をポ
ンポンっと撫でると、そのまま待合室に消えていった。
あっという間に新年度が始まる。
私は相変わらずのうわの空で、何に対してもやる気が起きないで
いた。
でももう中学3年。
高校受験も控え、いつまでもボーっと過ごすわけにはいかない。
それでもやっぱり先生が居なくなった喪失感は大きく、気がつく
と先生の事ばかりを考えていた。
初めての恋をした私には、その感情の押し込め方なんてまったく
解らなかった
30 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:01:58.99 ID:L9GcuA1Wi
いい恋だにゃ
31 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:02:29.30 ID:+beSXCVE0
先生が居なくなっても、時間だけは淡々と過ぎてゆく。
夏休みになり、私はやっと失恋という言葉を噛み締めていた。
一生懸命考えた結果、あまりにも幼い恋に気がついたのだ。
先生はもう大人。
ましてや教師。
14.5の小娘が自分に恋愛感情を持っている事なんて、薄々感じて
はいただろう。
そして、解った上で私が傷つかないように、ずっと変わりなく接
していてくれたのだろう。小さな脳みそで考えた結果出てきた、
それが私の答え。
忘れなきゃいけないな…先生がずっと元気で幸せなら、私はそれ
でいい。
今思い出すと完全に自己満足でまだまだ幼い考えだが、私にはそ
れが精一杯だった。
夏休みも半分を過ぎた頃。
いつもの様に遅く起きた朝、猛暑にノックアウトされながら郵便
受けを見に行くと、新聞の間に一枚の葉書が入っていた。
宛名を見ると私の名前。
差出人は…堺先生だった。
32 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:04:12.82 ID:+beSXCVE0
ー 残暑見舞い申し上げます。
元気にしていますか?
歌う事はまだちゃんと続けているでしょうか?
こちらの暑さは厳しく、そちらで過ごした爽やかな夏の日々
が思い出されます。
8月の花火大会の辺りに、そちらに観光で伺う予定です。
それでは、夏に負けずに過ごしますように。 ー
心がまた先生で一杯になるには、あっという間だった。
手紙を読み終え地域の予定表を確認すると、花火大会はもう目前
だった。
だからといって、電話番号も知らない先生とは、会う約束も出来
ない。
それに今年は、同級生男女数名で見に行くことに決まっていた。
これじゃ、何だか生殺しだなぁ…
久々に感じた胸の痛みを懐かしく思いつつ、私はもう、少しは大
人になったのだと、そう自分に言い聞かせた。
花火大会当日。
初めて友達と見に行く花火大会。
一緒に行く予定の友人から浴衣を借りて着付けしてもらった私は、
どうせなら…と勧められるまま、お化粧道具も拝借した。
中高生向けの雑誌と睨めっこしながら初めて施した化粧姿は、今
思うと少しでも大人に近づきたかった気持ちの表れだったのかも
しれない。
もしかしたら…というほんの少しの下心を含みつつ、私は会場に
向かった。
が、結局ばったり先生に会える…なんてドラマチックな展開は無
く、友人達と楽しく過ごして花火大会は幕を下ろした。
33 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:06:32.20 ID:+beSXCVE0
夏休みがもう終わる頃、私はやっと先生に返事を書いた。
夏休みは楽しかったこと。
先生から手紙が来て嬉しかったこと。
歌は習いはしてないけれど、発声練習だけは欠かさずしているこ
と。
花火大会で会えなくて、残念だったこと。
便箋3枚たっぷりに色々書いて、季節ごと以外での返事が来るよう
にと、祈るように投函した。
私の踏ん切りをつけたはずの心は、やっぱりまた先生に戻ってし
まったのだった。
祈りが通じたのか、それからは二月に1回程度の頻度で文通が始まっ
た。他愛のない世間話ばかりだったが、たったそれだけでも繋が
りが持てている喜びで、私の心は十分満たされていた。
また幸せな日々が、少しだけ戻ってきていた。
35 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:07:02.77 ID:CV6y0B2ji
会えなかったのか
36 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 15:08:44.05 ID:+beSXCVE0
お褒めいただき、ありがとうございます。
心が平常を取り戻すと、成績は面白いほどグイグイと上っていっ
た。
このまま頑張って先生のそばに…とは思ったものの、当時母子家
庭だった我が家の家計的には苦しく、仕方なく奨学金を使って地
元の高校を受験した。
結果は余裕の合格。
私は晴れて高校生になった。
高校1年。16歳になった私は、すぐにバイトを始めた。
理由は、携帯電話を持つため。
同級生の間でも持ってない人は少数になっていたし、何より先生
との手紙以外の連絡ツールが欲しかったのだ。
近所に昔からある、そこそこ大きな喫茶店のウェイトレス。
自給こそ低めだったが、マスターがとても優しく大事にしてくれ
たので、バイト自体は楽しいものだった。
そして、みっちり働く事2ヶ月。
念願の携帯電話を手に入れた私は、先生への手紙にはメールアド
レスだけを添えた。番号まで書いてしまったら何か厚かましいと
思われるような気がして、子供心に遠慮をした結果だった。
住所を書いたメモを渡す時より緊張しながら、私はまた祈るよう
に手紙を出した。
数日後、緊張や不安とは裏腹に、先生からのメールがあっさりと
届いた。本文は先生の名前だけという恐ろしくシンプルな内容だっ
たが、それだけでも私は十分すぎるほど嬉しかった。
>>次のページへ続く